上映作品

ピルヨ・ホンカサロ監督特集

独特の映像表現が印象的な、フィンランドを代表する映画作家のひとりであるピルヨ・ホンカサロの魅力に迫る。

白夜の時を越えて

■原題:Tulennielijä■英題:Fire-Eater
■監督:ピルヨ・ホンカサロ(Pirjo Honkasalo)
■出演:エレナ・レーヴェ(Elena Leeve),エルサ・サイシオ(Elsa Saisio),ティーナ・ヴェックスレム(Tiina Weckström),エリナ・フルメ(Elina Hurme),ヴァップ・ユルッカ(Vappu Jurkka)
■1998年 フィンランド■105min■言語:フィンランド語、ドイツ語、ロシア語、スペイン語(Finnish,German,Russian,Spanish) ■字幕:日本語

1999年フィンランドアカデミー(ユッシ)賞主演女優賞<エレナ・レーヴェ>、助演女優賞<ティーナ・ヴェックスレム>、撮影賞、美術賞、衣装デザイン賞、編集賞、音楽賞、音響デザイン賞
2/8(月)14:00〜 2/11(木)21:10〜

ピルヨ・ホンカサロ(Pirjo Honkasalo)
1947年、ヘルシンキ生まれ。17歳で映画制作を学び始め、67年に短編を初監督。70年にフィンランドでは女性として初めて長編映画を撮影。フィクションでは脚本も手掛け、ドキュメンタリーでは撮影監督も務める。写真や舞台芸術など、アートの分野でも広く活躍している。

ヘルシンキのうらぶれた酒場で、ヘレナは少女の歌を耳にする。それはヘレナの母親がよく歌っていた愛の歌で、自分の少女時代が蘇ってきた彼女は、思わず少女と一緒に歌ってしまう。すると少女は彼女に懐き、どこまでも自分を追ってくるのだった。まるで、過去が彼女を追いかけてくるように。1944年、ドイツ軍の撤退、ヘレナと双子のイレネは、まだ生まれたばかり。母親は、祖母と二人を置いてドイツ兵と出て行ってしまう。数年後、祖母が死んだあと養護施設に預けられた二人を、母親は、スペイン人の愛人と一緒に引きとりにくる。行った先は、巡業のサーカス団。イレネは空中ブランコ乗りになるが、やがて精神を病んでいく。ヘレナはそんなイレネに代わって、火噴き芸のパフォーマンスを覚えて一家を支えようとするのだったが、母と娘たちの心の溝は深まるばかりだった。

「神聖なるものと邪悪なるもの三部作」と呼ばれるドキュメンタリーを完成させたピルヨ・ホンカサロ監督が、10年ぶりにフィクションの世界に戻って来たのが本作である。過去の記憶と、現代の場面が交叉し、どこか夢でも見ているかような演出が魅力的だ。現在の場面がモノクロ、過去が鮮やかなカラーになっているのは、通常の演出とは逆ではあるが、それは主人公ヘレナにとって、過去が強烈なイメージを残しているのに対して、現在が虚ろだからであろう。かつて母親が口ずさんでいた愛の歌を歌った少女は、過去の自分であり、ヘレナを慕ってどこまでも追いかけてくる少女を頑なに拒む彼女の姿は、いわば過去に追いかけられ、あがくヘレナの心そのものだ。
本作の魅力は、ヘレナとイレネ2人の精神世界が、具体的に映像として、サーカスという特殊な世界を通じて描かれるというところにある。イレネが空中ブランコの曲芸をしている様子は、その行為と同時に、彼女の孤独で不安定な心を表している。照明の明るい白い光が、空中で揺れる彼女を包み込む幻想的なシーンに至っては、もはや彼女は観客の存在さえ感じられなくなっており、精神状態が限界に迫ったことを示している。
一方、火噴き芸で一家を支え気丈に見えたヘレナも、薬をつければ火傷しないはずだった腕に、いつしか火傷の傷跡を作っていく。それは、親子の間の愛と憎しみの感情がじわじわと身体に沁みつき、心が少しずつ蝕まれていったことを象徴しているかのようである。(藤澤)